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選手引退後の悶々とした葛藤の中で、「女性の社会進出のために柔道を指導する」ことを決意

――その後、自衛隊体育学校に。

山梨学院大学から自衛隊体育学校に入っている先輩が何人かいて、仲の良かった濵田尚里先輩(2018年世界選手権優勝)から自衛隊体育学校のことをいろいろと聞いていたんですね。で、私が大学4年生のときに、濵田先輩が「自衛隊はいいよ。柔道に集中できるし、すごく充実している」と生き生きした感じで話されているのを聞いたんですね。大学2~3年で結果も全然出せなかったので、大学で柔道を辞めようと思っていたんですけど、4年生のときに関東学生で優勝して、やっと少し爪痕を残せて。柔道好きだし、もう少し強くなりたいと思っていたときに、濵田先輩からその話を聞いたんで、行きたいなと思って入りました。私は強化選手ではなかったので、半年間、通常の自衛隊員が行う訓練をしていました。その間は集中して柔道が出来る環境ではなかったですが、その後やっと体育学校で柔道ができるようになりました。自分の弱点をつぶす作業に重点を置いて練習やトレーニングを取り入れてからは、少しずつ柔道が安定し出して、柔道に自信が付いてきました。もう少しで結果が出せるんじゃないかと思ったんですが、勝負の世界はなかなか思い通りにはいかなくて、自衛隊に入って3年目の25歳の時に次のステップへ行こうと決めて、選手を引退しました。

柔道を辞めてからは、自衛隊体育学校のある朝霞駐屯地の食堂で、1年間調理補助をしていました。その後に、海上自衛隊の横須賀教育隊にもう1年勤務したのですが、悶々とした思いは変わらず、エネルギーを持て余していました。海外に行きたい、海外で柔道を教えたいという気持ちが沸き上がってきたちょうどその時期に、自衛隊の池田ひとみコーチから、サウジアラビアで柔道を教えることに興味はないかといきなり聞かれて。「あります。聞かせてください!」と言って、話を聞いたんですね。その内容が、サウジアラビアの女性の社会進出のために柔道を指導するという、私にとってすごく魅力的なもので、女性の社会進出って「精力善用・自他共栄」、そのままじゃないかと。これはやりがいがありそうだなと思ってすぐにお願いしました(笑)。

――実際にサウジアラビアに行かれて、いかがでしたか?

最初、女性を見たら、みんな目だけしか出ていないんですよ。黒い布(アバヤ)で覆われていて。だから、笑っているのか、どんな表情をしているのかもわからなくて、怖かったですね。でも、ちょっと話しかけてみたら、みんなすごく優しくて安心しました(笑)。
あとは、暑かったですね。入国したのが6月の上旬だったんですけど、気温が43度くらいあって、この環境に順応できるのかなという不安はありました。

 

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