December 10, 2019

2008年度全国七大学柔道優勝大会報告(08.7.31)

2008年度全国七大学柔道優勝大会報告(2008.7.31)

東大柔道部OB 宇野 博昌

 全国七大学柔道優勝大会(以下七大戦)は今回で第57回を数える。旧帝国大学を基とする国立七大学(北から順に北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学-以下七大学)が一堂に会し、一年の成果を競う柔道優勝大会である。

今年は6月14日、15日の両日、杜の都仙台にて開催されたが、14日の開始直前には岩手・宮城大地震に遭遇し、忘れ得ない大会となった。

 先ず、この大会の試合形式をご紹介しよう。15人一本勝負勝抜試合で、先鋒から三将まで13人は6分間、副将と大将は8分間の試合である。6分間自体はそれ程長くはないが、国際柔道等と違って殆ど「待て」が掛からないので、6分間/8分間目一杯試合をすると言う感じである。一試合大体2時間で、余り品はよくないが声を張り上げて応援するとまず間違いなく声が嗄れてしまう。

 次に、この大会での柔道スタイルである。引込が認められるため、試合開始と同時に寝技に入るケースが多い。勿論立技もあるが、引込もうとしている相手に立技で投げるのはかなり難しく、どうしても寝技中心になる。また、一旦寝技に入ると「待て」はかからず、例え場外に出ても場内に戻され、試合を続行させられる。逃げ道はない。この結果、国際柔道等とは寝技の時間の使い方が違う。6分間/8分間の試合の間に少しずつ体勢を整え、最後の一分で抑え込むパターンが多い。また、本大会は一本勝負であるため、技有りでは引分けにしかならず、勝負は一本を取った時にのみ決するとの伝統を守っている。これが、確実に一本が取れる寝技を重用する要因ともなっている。柔道を始めて間がない人が精進し、県代表クラスを引分けるのも寝技の醍醐味であり、試合が盛り上がる点でもある。それと同時に、立技の強い選手が本大会ではなかなか勝てなかったが、寝技に精進した結果抜群の成績を残すまでに成長していくこと、また、白帯から始めた選手が高学年になり勝利を上げるようになるのを見るのも本大会の楽しみと言える。

 更に、この試合に特徴的な事項を挙げていきたい。

一つ目は、寝技に関して旧高等学校専門学校柔道(以下旧高専柔道)の流れを汲んでいる点である。旧高専柔道は独自の寝技を確立したが、七大学柔道も多くの部分でこれを踏襲し、独自の寝技スタイルがある。国際柔道ではめったにお目にかからない技が頻繁に出てくる。亀(腹ばい防御体制)になった相手を縦四方に押さえるSRT(Special Rolling Thunder)がその典型であり、浅野返しなどの人名が付された返しも多い。最近はあまりお目にかからないが、筆者が昔取り組んだ前三角締めもその一つである。

 二つ目は、15人勝抜団体戦である為、彼我の力量から個々人の役割が決まってくる点である。闘いの場では、母校の勝利を目指し、抜役・分役の役割分担を、全身全霊をこめて遂行していく事になる。その闘いを実現できる様、「稽古の量が全てを決する」と言われる寝技を日夜鍛錬・研鑽している訳である。七大学柔道は、こうした母校の勝利に貢献する「努力」と「全体貢献」そのものを尊重し目的としている。また、柔道部各人がこの事を十分理解し、自分の立場がどういうものであっても、それが、例え縁の下の力持ちであっても、置かれた立場や流れの下課せられた使命を100%達成することが重要と理解している。逆にこの精神を具現できている大学が強いとも言える。

蛇足になるが、この精神が卒業後社会人として活躍する事に結びつくと信じられており、若干大げさで気恥ずかしいが、「精力善用、自他共栄」「人格の陶冶」の理想を色濃く体現しているものとも言われている。

 三つ目がこの大会では勝負を決するのは必ずしも柔道の技量だけではないという点である。むしろ気迫と根性が勝負を決すると言っても過言ではない。母校の名誉と個人の尊厳をかけた闘いは、気持ちに少しでも緩みがあったり、妥協心があったりすれば、忽ち敗戦に繋がる。従って、懸命に励んできた七大学柔道マンに共通して言えることは、気迫と根性では誰にも負けないと自負していることである。彼らの七大学柔道にかける思いは非常に強く、試合は壮絶なものとなる。締めで畳を叩くものは皆無で、七大学での敗戦は人生の転機にもなる位で、一種独特な雰囲気があり、試合はある意味異様ともとれる盛り上がりを見せる。

 ここで七大学柔道の成り立ちについて触れる。

七大戦は昭和27年に始まった。発足当初より「15人勝抜戦、一本勝負、寝技引込容認」の3要綱の審判規定の下で行われており、国際ルールとは一線を画するものとなっている。

この審判規定は、旧帝国大学柔道部が旧制高等学校等柔道部を対象に主催した「高専柔道大会」(大正3年から27年間継続)のルールを参考にしながらも、猛烈な受験戦争下柔道推薦制も無い中での体力的・環境的ハンディキャップを克服するものとして、あるいは大学で柔道を白帯から始めたものでも鍛錬次第で闘いに参画できるシステムとして、今日まで継承されてきている。

その中にあって、鍛え上げた寝技を武器に七大学の選手が国際ルールの団体戦/個人戦においても活躍するケースが出ている。九大(現九電)の山本選手が七大戦において8人抜きを演じ、全日本学生では81kgクラスで3位になったのは記憶に新しいところである。

 個々の試合の内容をご紹介しよう。

大会前のアップの時、先述の通り、岩手・宮城大地震の大きな揺れがあった。震度5であったが、自分が何十センチも揺さぶられているような揺れで、体育館の電灯が落ちてくるのではと心配し、選手に避難を呼びかけたものである。(お蔭で応援に来る筈の何十人の各大学OBが新幹線に5時間以上閉じ込められ、試合に間に合わなかった。)

この様な状況下でも予定通り開会式は始まった。昨年は15人揃わない大学が3校もあったが、今年は各大学とも下級生も交えて、何とか15人を確保し、熱戦が期待された。

トーナメント図にあるようにブロックは通常と敗者復活のブロックがあり、開催校が敗者復活のブロックに入る。

ここで、筆者が東大柔道部OBであるため、東大の試合以外は概略でしかお伝えできないことを予めお詫びしておきたい。


 第一試合は京大と名大。名大の下級生に勢いがあり、引込際の小内などで序盤4人差をつけられ、さすがの京大も危ういかと思われたが、そこは地力のある京大、一人ずつ抜き返し、最後にはとうとう逆転、一人差で勝利した。

第二試合は北大と東大。昨年と同じカードである。序盤は静かな闘いで、いずれも引き分け。北大五将が引込際内股で勝ち、北大一人差のリード。その後東大は激しく攻めるが、技有りまではいくもなかなか一本にならない。東大大将本田(主将)は、何とか取り返すべく北大副将木村(主将)を懸命に攻めるが、北大木村も何とか防ぐ。大将戦8分間の7分を過ぎ、敗色濃厚と思われた時、なかなか外せなかった足が外れ、本田抑え込む。続く大将決戦も内股で取り、東大一人差で勝利。

第三試合は九大と阪大。序盤から点の取り合い。阪大が二人抜きを3人が成し遂げ、二人差で逃げ切った。

第四試合は主管校の東北大と第一試合で負けた名大との試合。東北大5年の寝業師高橋が三人抜きを演じれば、名大2年の中川が四人抜きを演じるなど、一進一退であったが、終盤東北大が逆転、そのままリードを守り切り、二人差の勝利。

第五試合は第二試合で負けた北大と第三試合で負けた九大との敗者復活戦。北大が序盤よりリードし、畑中の三人抜きなどがあり、五人差で勝利した。

第六試合は東北大と北大の試合。1日目の最後の試合で、これでベスト4が出揃う。

序盤より北大が優勢に試合を進め、途中東北大高橋の三人抜きがあったが、北大一人差でリード、東北大副将伊藤(主将)と北大三将畑中の試合を迎える。東北大は置き大将(実力のない大将)であるため、ここで伊藤が引分けられれば敗戦が決まる。一方、北大の畑中は北大の抜役で、九大戦では三人抜きを演じている。勝負は寝技となった。伊藤必死の攻めに畑中何とかこらえるが、残り1分を切ったところで、九大で三人抜きを演じた疲れか、とうとう伊藤のSRTからの抑えに下った。北大の副将も何とか引分けるべく頑張ったが、やはり亀からのSRTに沈む。敗色濃厚の北大は大将が実力に勝る伊藤を攻めたが、最終的にはまたしてもSRTに敗れた。伊藤、最後の最後で脅威の三人抜きであり、今大会で最も印象に残る試合となった。



2日目準決勝、決勝

 第一試合は京大と東大の闘い。昨年17年ぶりに定期戦を復活させたばかりの両校、それぞれの手の内を知り尽くし実力は互角。

しかし、東大の分役が頑張りを見せて京大の抜役を良く止め、東大1勝のまま終盤へ。東大副将本田は京大大将を抑え、二人差で勝利。東大の作戦勝ちであった。


 第二試合の阪大と東北大は、東北大が再度の高橋の活躍等で四人差による快勝。

 決勝戦の東大と東北大は2年前と同じ組合せとなった。抜役は東大が恵まれているが、東北大の高橋をどう抑えるかがポイントとなった。

序盤東北大の石丸に一人抜かれた東大は6年菊池が一人抜き返しタイに。しかし、次の相手は一年生であり若干油断があったのかも知れない、菊池が息を整えているときに出足払いを受け、飛んだ。体側から落ちたため技有りかと思われたが、勢いがあったため一本。東大は高橋を菊池が迎え撃つ作戦が実現出来なかった。東北大高橋は一人目を抜くと、二人目を最後の50秒で抑えるなど二人抜き。東大は形勢が悪かったが、小宮山がワンチャンスのSRTで一人返し、二人差。副将堤はすぐに一人抜くが、東北大本多に技有りを取り、注意まで取りながらも引き分け。東大大将本田は東北大副将伊藤を必死に攻めるも、伊藤は守り切り、置き大将を残した東北大の一人差勝利、2年ぶりの優勝となった。

35年ぶりに優勝を狙った東大は、今年も一昨年同様準優勝止まりで涙を呑んだ。

東北大は寝技をよく稽古し、下級生を良く鍛え優勝に繋げた、見事な勝利であった。


 この様に闘いを振り返ると今更ながらに興奮を感じざるを得ない。当日、決勝戦終了後、筆者はひどく脱力感を覚えた。応援の疲れであるとは思ったが、母校の無念をふつふつと感じたからでもある。また、この様な闘いであるからこそ、毎年この大会には各大学のOB諸氏が大挙して遠路はるばる母校の応援に駆けつけるのである。

 来年の七大学戦は東京にて開催する。これから一年、学生は互いにどう鍛え、下級生をどう育てて行くのか。試合に向けてどう気持ちを高めてゆき、どう闘うのか。母校は勝てるのか、そしてOBの自分はそれにどう貢献していけるのか。

地元開催だけに力が入り、今から心躍る想いである。

以  上

(追記)

 1998年より女子の七大学戦も行っている。ルールは男子と同じく、引込ありの一本勝負である。人数の関係から3人の点取り勝負としている。今年は昨年より参加数は増えたが、七大学全ての大学が参加する事は出来ず、北大、東北/京都合同、東大、名大、九大の5チームが優勝を争った。結局東大と九大が勝ち上がり、2-0で東大の優勝となった。東大は3連覇で4回目の優勝であった。

尚後日談ではあるが、女子決勝を闘った東大/九大は共に地区予選を勝ち抜いて全日本学生柔道優勝大会女子3人制に出場を果たし、東大の黒川選手はベトナム国際柔道大会にて見事準優勝を成し遂げた。