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【女子柔道振興委員会】JJ VoiceNo.65 吉見  浩二さん

プロフィール

吉見 浩二(よしみ こうじ)1964年 愛知県生まれ
高岡法科大学教授、柔道部監督
講道館柔道五段

指導歴:
1989年~1993年 筑波大学女子柔道部コーチ
1991年~1992年 バルセロナ五輪 強化スタッフ
1993年~現在 高岡法科大学柔道部監督
1998年 世界学生柔道選手権大会(チェコスロバキア)日本チーム女子監督
2014年~2016年 リオデジャネイロ五輪 強化スタッフ(女子アドバイザー)

恩師の言葉
この度、恩師の中村良三先生からご指名を頂きこのコーナに登場させて頂くことになりました。正直に申し上げて、場違いの感が非常に強く、「この人誰??」違和感を覚える方もおられると思いますが、せっかくなので、昔を思い出しながら・・・書きます。

大学院入学が決まり、久しぶりに柔道場に行った時に、突然、中村先生から「吉見、おまえは女子のコーチをしなさい!」この一言で私の運命は決まったような感じでした。突然の言葉に、「男子と稽古したいです」と言ったものの、とにかく、この日から女子柔道部のコーチになりました。

私のコーチとしての仕事は、中村先生が考えた練習を如何に選手に浸透させ、実践させるかということでした。技術は5回、6回やって真似できる選手もいますが、身に付くこととは別です。徹底的に反復練習、ドリル練習をして、目をつむっていても自然と身体が動くようにならなければ、試合では使えません。選手と打ち込みや約束稽古をしながら基本の修得、そして、乱取でも同じように掛けることが出来るかを試し、試合では如何に勝つかの繰り返しでした。時にはマンツーマンで打ち込みから乱取までつきっきりで2時間、3時間やり、一日の練習が終わることもありました。そんな指導で大化けする選手も現れ、いきなり世界の檜舞台で活躍し、皆をびっくりさせ楽しませてくれました。

中村先生のモットーは「もっと良い方法はないか?」、「もっと効果的な練習はないか?」でした。既存の練習方法で満足するのではなく、より良いものを常に追い求めるものでした。練習に少しでも疑問があれば新しい練習方法にチャレンジするという姿勢でした。「連続打ち込み」、「V(ヴィクトリー)打ち込み」等々。また、筑波大学女子柔道部は中村先生の人脈で日本各地で合宿を行っていました。これは、先生が推奨される『三様の稽古』でいうところの競り合う相手や取る練習相手を求めて、普段出来ない男子中・高校生を求めての出稽古です。そこでは、筑波大学の練習方法を一般大衆化し、各地でその練習方法や技術・理論を公開、実践したので、後に、日本中で「酒井返し」、「髙橋政夫返し」、「田所返し」、「千代里返し」といった固有名詞を拝借した技術が伝播していったと記憶しています。また、寝技の基本動作である「エビ」などの動作に基礎理論を付けて解説するなど、特に寝技技術については今まで誰も説明してこなかったその重要性と体系的に理論付けを行うなど画期的な手法で女子柔道部の黄金期を築いたと思います。何より、単に合宿に行って必要な練習をするだけではなく、そこに参加した地域の選手に還元するため、技術講習会を開き、一流選手の技を見せることで、子供達に憧れや目標を持たせることも欠かさず実践されていました。

当時の女子柔道部には、日本のトップ選手が集まり、全日本女子柔道体重別選手権大会では、毎年、3名、4名が優勝するなど、時には決勝戦は先輩後輩で争われていました。特に新入生は、「毎日が全日本合宿みたいで練習に付いていくのが精一杯で、考える余裕やリフレッシュなど出来ない。」と言っていたことを覚えています。そんな中、中村先生は機を見てご自宅で夕食会を開き、選手間のコミュニケーション作りの場を設けるなど、きめ細やかな心遣いをされていました。勿論、先生はお酒が大好きで、このような場では無礼講で皆が好きなことを中村先生に言って楽しい時間を過ごし、ストレス発散になっていたと思います。ともすると、同門同士の熾烈な争いに陥りそうですが、良い意味で直ぐ横に最高のライバルがいて毎日が切磋琢磨の集団だったと記憶しています。

そんなある日、中村先生から「吉見、明後日、面接に行くぞ!」と言われ、富山県高岡市に行くことが決まっていました。「ちょっと、考えさせて下さい。」と言ってみたものの「何言ってるんだ!」の一言でした。後に、私の身元保証人になって頂いた故福田宗志先生のご自宅に12月23日に泊めて頂き、翌朝、「吉見、雪掻きしてこい。」と言われて、スコップを渡された時のことは今でも鮮明に覚えています。何のことか理解できず、玄関の戸を開けると昨日には無かった雪が30cm以上積もっていました。初めて見る雪の多さにびっくりし、衝撃を受けました。

翌年3月、中村先生に「吉見、5年やって強化選手が育たなかったらお前には指導力が無いから辞めて返ってきなさい!!」という餞の言葉を頂き、まだ、柔道場も体育館も出来ていない高岡法科大学に着任しました。迎えた4月、幸か不幸か私の下には4名の初々しい女子柔道部員がいました。

自分が住んだこともなく、富山弁も理解できず、知り合いもおらず、習慣、風習も知らない所に来て、ただ、柔道をやっていた縁で私を受け入れて頂いた富山県柔道連盟、高岡市柔道連盟には本当にお世話になりました。この場をお借りしお礼申し上げます。いつまで経っても「旅の人」と言われ、いつかは何処かへ行くだろうと10年以上言われ続け、難しい土地に来たな~と感じていたものでした。

柔道の方はと言うと、先の中村先生の言葉があったので、死にものぐるいというか、「何とかして早く強化選手を育てたい。先生が5年と言ったので、自分は4年でやってやる!」と覚悟を決めて取り組みました。前年まで筑波大学という日本、世界のトップ選手を指導する現場から、全国大会には無縁の選手をどうやって強くするか?毎日朝から晩まで考え、そして、ただ只管練習に明け暮れる日々でした。

初年度の選手は、本当に頑張ってくれました。感謝しかありません。道場が無いので毎日出稽古でした。選手は、帰りの車の中では皆死んだように眠り、帰ってくれば晩ご飯と称して鍋料理でお腹いっぱいになるまで食べさせ、一年中強化練習でした。このコラムの第一回の山口香さんが書いていましたが、先人の後に付いていく後輩のお手本となり、道しるべになるような先輩になって欲しいという思いで厳しく指導したことを覚えています。来年からは後輩が来て先輩に付いていくことになるので、「お前達は、裁縫の針だよ。これからやって来る後輩の手本になって欲しい。」と伝え、柔道だけでなく、学生生活や授業態度など全てにわたり細かく指導していました。大学生として、選手として一流まではいかなくてもしっかりした学生になって欲しいという思いでした。部員には常々「社会で役に立つ人材になって欲しい」、「家庭では良きお母さんになって欲しい」、「社会で活躍する女性になって欲しい」、「気が付く女性になって欲しい」という思いを折に触れて伝えていました。柔道をするのは、殆どが大学4年間であり、卒業後は一般の女性として力や技は必要なく、大学4年間で身に付けた社会を見る目や人間性、精神力など、いわゆる、人間力が自分の人生を切り拓いていくことを折に触れては話して来ました。

選手は、必死に練習しているのだから強くなって当たり前、強くならないのは指導者の自分の指導方法が悪い。という信念の下、「毎日の反復練習、乱取、何故、技が掛からないのか研究し、試合に出る」の繰り返しでした。何処かで、合宿をやっていると聞けばお願いし、頼み込んではマイクロバスに部員を乗せ、押しかけるように練習に参加させて頂いくという様な破天荒な日常の繰り返しでした。コロナ禍の今では考えられないような出稽古の嵐でした。快く練習に参加させて頂いたコマツ女子柔道部の松岡先生には本当にお世話になりました。また、ミキハウス女子柔道部の故橋本圭史先生にも大変お世話になり、感謝するばかりです。

普通なら練習しかやらないところを、練習の前に1時間反復練習して、さらに、練習後に1時間反復練習・研究して・・・休む時間もご飯が消化する時間もなく、学生は本当によく付いてきてくれたと思います。決して強くない地方の学生が、突然、全日本合宿に行って強化選手に胸を借り無我夢中で乱取して、それだけでもきっと大変だったことと思いますが、おまけに練習の前後に反復練習では身体が持つ訳ないのですが・・・選手達は頑張ってくれました。その成果は、翌年、一期生の小林芳が全国大会で3位に入賞し、その次の年には、新入生が決勝戦まで進出し、惜しくも優勝を逃しましたが、好結果が得られ、何とか順調に強化は進みました。これも、私の練習に付いてきてくれた選手のお陰です。また、きっと目には見えないところでのご家族の応援があったからだと思います。そして、創部4年目で初めて講道館杯で活躍する選手が誕生し、5年目で、全日本学生柔道優勝大会で3位入賞を果たしました。中村先生の教えの賜と叱咤激励を頂いた多くの先生方のお陰で何とか結果を残すことが出来ました。その後も、結果を残さないと来て貰った選手に申し訳ないという思いで毎日の練習に明け暮れた日々の連続でした。毎年、全国大会で入賞する選手を輩出することが出来たのは、選手の頑張り、応援して下さったご家族、私に大事な教え子を送り出して下さった多くの高校の先生方のお陰であると思います。この場を借りてお礼を申し上げます。
『有り難うございました』

【柔道の可能性と指導者へお願い】
柔道は見ず知らずの他人とでも道場で柔道衣を着て「お願いします」と言って組み合うことが出来る競技です。全くの他人を自分のパーソナルスペースの最も近い距離『密接~個体距離』に入れる世界では希な特徴を持っています。お互いを信じ、相手を尊重するからこそ生まれるこの距離に他人を受け入れることは、一般的には非常に難しいことです。しかし、柔道は、「お願いします」の言葉と同時にそれを可能にしています。

嘉納治五郎師範が創られた柔道は、『教育』という言葉が注目されていますが、現代の複雑で多様化する社会環境や人間関係から生じる種々の問題を柔道をすることによって解消する、あるいは、和らげるインクルージョンスポーツ(競技)の可能性を秘めています。柔道をすることから自然と身につく相手への信頼感、安心感は、意図せずとも受容する従順な心や他者と協調する心などを身に付ける為には必要な要素です。これは、人間不信や孤立した環境の人々の心を癒やし、和ませる働きに繋がります。

このコラムに登場されている女性は、柔道クラブや地域での少年柔道の指導に携わっている方々が多くいますが、是非、適切な柔道の指導を子供達に実践して下さい。柔道は必ず子供達の心を癒やし、思いやりや協調性・相互協力などを養うツールになります。孤立や孤独な心を解放し、子供達の心の殻を破ってくれます。集団での行動が苦手な子や一度集団からはみ出してしまった子も、柔道を通して協調性や思いやりの心を身に付けることで良好な人間関係を構築できるようになります。中学校などの学校現場では、柔道をすることで荒廃した生活態度や自己中心的な学校生活が改善されたという報告事例を耳にすることがよくあります。また、少年柔道クラブにおいても同様に、人間関係で困ったり、集団に馴染めず孤立した子供が、柔道を通して生き生きとした生活を取り戻すことが出来るようになった等の事例が多々あります。

『柔道の持つ教育的な価値』は、既に指導現場で実践されているインクルーシブな取り組みが可能性をさらに拡げます。適切な柔道指導は、子供達の良好な発達と発育を助長し、未来の人材を育てます。柔道を『自他共栄』の精神でさらに拡げましょう!

筑波大学女子柔道部 海水浴集合写真
左から 故 福田宗志先生(私の富山県での身元保証人、社会人のイロハを教えて頂いた恩人)、一期生 小林芳、恩師 中村良三先生
ソウル五輪前の北海道合宿(鷲見道場)

次回は、高岡法科大学での教え子である村野(旧姓:藤原)知代さんが登場します。

2022年世界柔道選手権大会

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