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【女子柔道振興委員会】JJ Voice No.17 石川弘子さん

プロフィール

石川 弘子(いしかわ ひろこ/旧姓:北爪)1971年 群馬県生まれ
伊勢崎市立第一中学校 教諭、柔道部副顧問
講道館柔道女子四段

主な戦績:

1991年 福岡国際女子柔道選手権大会 61㎏級 優勝
1993年 全日本女子柔道体重別選手権大会 61㎏級 優勝
1997年 フランス国際柔道大会 61㎏級 優勝
1997年 世界選手権大会(パリ)61㎏級 7位

この度、私のような者がこの企画に参加させて頂けることに感謝いたします。
私は常磐高校(群馬県)、埼玉大学、実業団(旧あさひ銀行)で柔道を行い、淑徳中学・高等学校においては、引退後も含めて約9年間、教師として勤めました。夢であったオリンピックに出ることはできませんでしたが、もう一つの夢であった中学校の体育教師は叶えることができました。
結婚を機に退職して専業主婦となり、子育て中心の毎日でしたが、昨年、約15年ぶりに復帰し、地元群馬の公立中学校に勤務しています。ここでは、特別支援学級の担任、体育の授業、そして大好きな柔道部の副顧問をさせて頂いていますが、柔道漬けだった淑徳教師時代とは色々な面で違いがあります。何より私自身が年をとり思うように動けなくなったことです。そして、子育てをしたことで自分でも驚くほど良くも悪くも慎重になりました。柔道部は、ほとんどが男子部員で初心者です。初々しく頑張っている姿は私に元気とやりがいを与えてくれます。また、私が指導で苦戦している時は、周囲の方々が温かく親切丁寧にご指導下さいます。家庭では、家族にかなりの負担をかけていますが、主人や息子、義母や弟、親戚、ママ友等々、たくさんの人が協力してくれます。また、今年中学生になった息子が柔道部に入り、熱心な先生方や良き仲間に恵まれ、弱いなりにも前向きに頑張っている姿はとても頼もしく感じます。50歳を目前にして悪戦苦闘の毎日ですが、何歳になっても新しいことに挑戦したり、勉強したりすることは楽しいです。そして、たくさんの人達のお陰で充実した毎日を送ることができています。
私が現役を引退したのは26歳でした。その時に「今までは自分のために頑張ってきたけれど、これからは今までお世話になった人達や柔道界へ恩返しをするつもりで人や社会のために生きよう。」と思い生きてきましたが、よく考えると、人のためにやったことが勉強になったり、何らかの形で自分に返ってきたり、充実感や幸福感となって結局は自分に返ってきているように思います。また「精力善用」「自他共栄」は今でも心掛けていますが、これは柔道で身に付き社会で生かすことのできる素晴らしいものだと思います。
自分なりに柔道を愛し、人生に活かし、人の痛みが分かる、強くて優しく心豊かで、社会に貢献できる人になれたらと思っています。
最後に、柔道家の皆様のご活躍を心よりお祈り致します。

↑現在勤務している伊勢崎市立第一中学校の顧問
竹林先生と部員達
↑私が柔道を始め、現在は息子(弘樹・後列左から3人目)
が通っている地元の赤堀柔道スポーツ少年団

←教員に復帰してからは、毎日のようにピンクのTシャツを着
ています。以前の私では絶対に身につける色ではなかったの
ですが、今は、短気で乱暴な自分を戒めるために着ています。
私にとってピンクは明るく優しい、人に寄り添う色です

 

次回は、石川さんが淑徳中学・高等学校で指導をしていた時の教え子であり、
現在も親交のある新井(旧姓:國原)頼子さんです。

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