November 22, 2019

ヨルダンOSコース(柏崎克彦氏)報告(06.12.13)

ヨルダン・オリンピックソリダリティーコース報告

柏崎克彦(国際武道大学)

はじめに
ヨルダン柔道の現状
コースの概要
まとめ
写真

はじめに

 IOC・オリンピックソリダリティー柔道指導者コースの講師としてIJFよりヨルダンの首都アンマンに派遣され、その任務を無事終え帰国したので以下に報告したい。
ヨルダンの正式名称はヨルダン・ハシェミット王国であり、1946年英国から独立している。日本の約4/1の面積に543万人ほどの人口を有し、その内の93%がイスラム教徒である。日本とは極めて良好な関係を維持しており、今年7月には小泉首相(当時)もこの国を訪問し無償資金協力を表明している。又、1999年に即位したアブドッラー国王は7回の訪日歴を有する親日家である。湾岸戦争時にはイラク寄りの立場をとったため一時欧米との関係が冷却したが、1994年イスラエルとの和平条約締結により良好に推移した。その後、イラク戦争によって様々な悪影響を受けたが、現在は政治的にも治安的にも安定している。ただし、この事によって、隣国からの投機目的の資金の流入が多く、物価の上昇が問題となっているとのことであった。
日本柔道との交流も頻繁に行われている。表1は、ヨルダン柔道連盟結成(1983年)後にヨルダンの柔道に携わった指導者とその時期である。表1からも分かるように多くの指導者が様々な形でヨルダンを訪れている。もちろん連盟結成以前も、小野沢弘史氏(早稲田大教)を団長とするグループ等が短期に訪問している。
ヨルダンからの訪日も多い。1994年からは、ほとんど毎年2名の柔道指導者が講道館の招待を受け講道館主催の国際セミナーに参加しており、ヨルダン柔道連盟のヘッドコーチのタウフィック6段にいたっては、1995年、千葉県の招聘で講道館や国際武道大学で約7ヶ月間柔道研修を行っている。
ところで、国内が安定していると述べたが、それは隣国に比べてと言うことであり今年9月にはアンマンの繁華街でヨルダン人の発砲により観光客6名が死傷する事件が起きている。又、1年前には自爆テロによって60人が死亡、100名を超す負傷者がでるといった事件も起きている。私が滞在中も、米国の9.11事件にからめ11.9(11月9日)にはテロの噂があるので注意が必要との情報も流れた。しかしながら、滞在期間中は取り立てて注目するような事件もなく無事研修会を終えることが出来た。

表1  ヨルダンでの日本人指導者(ヨルダン柔連結成以降)

時期 氏名 派遣元
1986~1987年 藤田真郎(講道館) 招聘(長期)
1988~1991年 永吉勝憲(明大OB) 国際交流基金(長期)
1992年 藤田真郎(講道館)
佐藤伸一郎(拓大教)
講道館(短期)
1995~1997年 佐々岡伸治(国武大OB) 青年海外協力隊(長期)
1999年 三戸範之(秋田大教) オリンピック
ソリダリティー(短期)
1999~2001年 高村泰央(国武大OB) 青年海外協力隊(長期)
2000年 藤田真郎(講道館)
中橋政彦(中橋産業)
平田雄也(旭化成)
講道館(短期)
2001年 小俣幸嗣(筑波大教)
香月清人(大阪府警)
招聘(短期)
2002~2004年 大塚和哉(龍谷大OB) 青年海外協力隊(長期)
2004年 山下泰裕(東海大教) 中東文化交流・対話ミッション派遣(外務省)(短期)
2005~現在 松本興太(文教大OB) 青年海外協力隊(長期)

ヨルダン柔道の現状

 柔道がヨルダンに紹介されたのは、1979年、台湾警察アカデミーからヨルダン警察アカデミーに柔道指導者が派遣された時だという。警察官の護身や逮捕術として紹介された様であるが、本格的な柔道指導は、ヨルダン柔道連盟結成3年後の1986年12月から翌年1月 までの2ヶ月間、ポリスクラブで指導に当たった藤田真郎氏が最初である。藤田氏の指導で始まったヨルダン柔道だが、この警察官の中から警察道場や体育館で青少年に柔道を指導する者が現れ、徐々に広がりを見せ、その後は軍隊にも普及した。現在はナショナルチームのほとんどが、警察官と軍人で構成されている。ヘッドコーチのタウフィック6段(ヨルダンにおける最高段位)は、2007年の軍人の世界選手権にはヨルダンからも選手を派遣すると胸を張った。なお、女子柔道は宗教上の問題からジュニアまでである。
少年柔道の普及発展はヨルダン柔道連盟のこれからの課題である。約1500名程度の少年少女が警察官道場や、体育館に畳を敷いて柔道を学んでいる。ジュニア担当のヘッドコーチで今年の講道館主催国際セミナーにも参加したスレイマン氏は「少しずつだがジュニアの活躍が目立ってきている。また、その指導者も育ってきた」と話した。また、山下泰裕IJF教育普及理事の作成したDVD「学校教育に柔道を(アラビア語)」も指導者研修会で紹介され、ヨルダン柔道の一つの方向性を示すものとして議論されたとのことであった。
ところで、ヨルダン柔道連盟が最も力を入れている大会は、全アラブ柔道選手権大会である。近年では2002年地元で開催された大会の成績が最高で、金1、銀2、銅1という結果であった。連盟を切り盛りする事務局長カイシ氏の悩みは常に強化、運営費の確保だという。ここ数年、強化のための海外遠征や交流試合の予算も取れない現状にある。それでもなんとか、2001、2003、2005年の世界選手権には選手を派遣している。「これまでも日本からは多くの柔道着や指導者の派遣協力を受けてきた。今後も引き続き支援を願いたい」とは、カイシ事務局長の弁である。

コースの概要

 OSコースの日程は2006年11月7日から17日の11日間であった。対象はヨルダン柔道連盟から推薦を受けた初段から6段までの柔道指導者33名と、パレスチナ3名、サウジアラビア4名、イエメン4名、シリア3名の計47名である。講習は首都アンマンのスポーツシティ内の青年の家会議室で座学が、実技は隣接した建物に設置された約120畳の特設会場でおこなわれた。
講習の内容は、柔道実技の他に、大会の運営方法、審判法、栄養学、スポーツ医学等々盛りだくさんであり、ほぼ毎日、朝9時から夕方4時まで行われ最後は試験まで用意されていた。私は指導法の実技担当であるが、ヨルダン柔連から原案が提示されたので基本的にはそれに従うことにした。しかし指導の順番は、彼らが興味を示す実戦的な試合技術から入り、その背景にある基本技術と指導法を後半に持ってくることにした。この事により、基本技能の大切さを興味を持って受講してもらえると考えたからである。内容は、おおよそ以下の通りである。

ヨルダンOSコース日程表

月日 9時~11時 11時15分~13時 14時~16時
11/7 開会式とOSコースの説明 大会の会場設営と運営法 審判法1
11/8 ※手技と捨て身技 ※抑え技と絞め技 審判法2
11/9 ※足技と連絡変化 ※四つんばいの相手の攻め方 審判法3
11/10 休み
11/11 ※腰技と連絡変化 ※四つんばいの相手の攻め方 トレーニング法1
11/12 柔道選手の怪我の分析 ※下からの攻め方(固め技) スポーツ心理学
11/13 ※投の形と投げ技の基本動作 運動力学の基礎 トレーニング法2
11/14 ※固の形と固め技の基本動作 組み方と後の先の技 大会の運営について
11/15 練習計画の作成について 練習計画の作成について 運動の一般的知識
11/16 禁止薬物について スポーツ栄養学 怪我と医療的ケア
11/17 閉講式 (修了書授与)

※印は柏崎担当   11/14 16:00~実技試験   11/16 16:00~筆記試験

まとめ

 今回大変印象に残ったのは、ヨルダン柔道指導者の熱心な受講態度であった。最終日には実技と、座学の試験があり、それが公認コーチ認定の重要な位置づけとなっているとは言え、どん欲に技術を学ぼうとする姿勢には頭が下がった。また、彼等が、日本の柔道技術のみではなく、柔道の持つ教育的価値に注目し、そのことを大切に指導していることや、日本そのものが好きだと言うことも知ることができた。受講者から「私達は日本の柔道を尊敬している。この国には、畳の上に礼をせずあがる者は一人もいない。」「私は日本で多くの方から親切にされた。だから、観光でこの国を訪れる日本人を見ると思わず困っていないかと思い声を掛けてしまう。」などの話は嬉しかった。
ヨルダン滞在中、青年海外協力隊の方々にも何かと気を使って頂いた。現在、ヨルダンには松本興太隊員が柔道指導に汗を流している。シリアで活動中の長谷川敦則(九州工業大学OB)隊員は、シリアの柔道家を引率しての参加だった。共に、異文化の中で日本の柔道を正しく伝えることに情熱の全てを掛け逞しく生活している。地元での評価も高い。彼等の苦労話を聞きながら、改めて日本柔道の普及に青年海外協力隊が大きな役割を担っていることを強く感じた。
最後になりましたが、アルコールの無いイスラム国家での滞在は大変だろうと、夕食にご招待下さった加藤重信全権大使。少しでも時間があると、ここの遺跡、あそこの遺跡と案内してくださったカイシ事務局長。退屈しないようにとあれこれと気を遣ってくれた松本、長谷川両隊員。そして、IJF理事の山下泰裕氏、全日本柔道連盟の関係者の方々に心からお礼を申し上げます。

写真

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現地の日本人指導者
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集合写真