嘉納治五郎(1860~1938年)柔道の創始者(06.11.29)

嘉納治五郎(1860~1938年)柔道の創始者(06.11.29)

kanou

万延元年(1860年)10月28日、嘉納治郎作希芝の3男として、兵庫県武庫郡御影町に生まれる。10歳にして母を亡くし、11歳の時東京へ出て、成達塾で漢学と書道を学ぶ、さらに箕作秋坪塾にて英語を学ぶ。14歳から育英義塾にて勉学にいそしむ。明治10年(1877年)東京大学文学部に入学、哲学、政治学及び理財学を専攻する。
嘉納治五郎は、幼少の時から体が小さく、腕力の強い者にいつもおさえられていた。これが残念でならず、何とか強くなりたいと念願していた。そしてわが国に小力の者でも大力の者を倒すことが出来る柔術が有ることを知り、習いたいと念じていた。東京大学に入学したその年にようやく念願がかなえられる機会をえた。天神真楊流柔術の福田八之助の道場に入門し、柔術の練習に励んだのである。その後礒正智を師として、さらに修行に励んだ。毎日、くたくたになるまでの猛練習であったという。礒正智亡き後、今度は起倒流柔術の飯久保恒年について修行した。この二流の奥儀を究めたが、二流の技や練習に大きな違いがあるのを知り、さらに他の流派についても深く研究し、従来の柔術の長所をとり、新しい理念に則り技術体系や指導体系を確立した。また、最終目的を人間の「道」を学ぶことにおいて、明治15年(1882年)講道館柔道を誕生させた。

嘉納治五郎は柔術を修行している内に、技術上達だけでなく、身体的発達と精神的発育に大いに効果があることを体験し、ぜひ若い人々に教えようと考えたのである。柔道の攻撃防御の方法を学びながら、勝負法と体育法と修身法の三つを身につけることが出来る。そこでこの三つを柔道の目的とした。これらの目的は、人によってそれぞれ違い、どれを主眼におくかによって、その目的の効果が異なってくる。しかし、三つの目的を頭の中にしみこませておくことは必要なことである。

最後に柔道の修行の目的を示しておくので、心して柔道を学んで欲しい。
『柔道は心身の力を最も有効に使用する道である。その修行は、攻撃防御の練習によって身体精神を鍛錬修養し、斯道の真髄を体得することである。そうして、これによって己を完成し、世を補益するが柔道修行の究竟の目的である。』

昨日、10月28日は、嘉納治五郎先生のお誕生日でした。 “師範の理想とした人間教育”としての柔道を再確認しましょう。

日本中体連柔道競技部愛知県ルネッサンス委員
(愛知県中小体連柔道部専門委員長)
水野 博介