――柔道を始めたきっかけは?「小中学校ではバスケットボールをしていました。中学3年の時、古賀稔彦さんと吉田秀彦さんがバルセロナオリンピックで金メダルを取るのを見て『かっこいい』と憧れたのがきっかけです。高校入学後、柔道部顧問の大畑勘市先生から『オリンピックで金メダルを取れるのは柔道だぞ』と言われ、すぐ入部を決めました。当時部員は全部で15人くらい。同級生は女子5人、男子1人でした。朝練は30分。放課後も、週2日は1時間半。その他の日は2時間半と、短時間集中型でした。柔道の動きは『非日常』。投げるのも投げられるのも、やったことがない動きで、マット運動から楽しくて仕方なかったですね。2年後に地元の島根県でインターハイが開かれるということで、それに向けて鍛えられました。技術は3つ程に絞り込み徹底して反復練習。女子の試合は、最後寝技で決まるということで、寝技と立技からの移行に力を入れました。この時期に寝技の基本的な動きと想いに寄り添える自分を作ることが想いに寄り添える自分を作ることが柔道で得られる身体文化筋道を立てて極める手順をしっかり教えてもらったこと、なにより柔道が大好きになる種を植え付けてもらったおかげで長く選手を続けられました。大畑先生は私たちの力量と個性を正しく理解していて、長時間の練習や合宿はケガをするからと、1泊2日の合宿をたくさん組んでくれました。益田から車で3時間あれば福岡まで行けるんです。強豪の福岡工大附属高校(当時)にもよくお世話になりました。最終的に地元のインターハイで団体戦3位入賞。出場した3人のうち2人は白帯からのスタートでした」 ――大学は強豪の埼玉大学へ。「毎日が全日本合宿でした(笑)。オリンピック銀メダリストの溝口紀子さん、あさひ銀行(当時)の石川弘子(旧姓北爪)さんがいて。1学年上が廣川真由美(旧姓山田)さんに、山田美貴(旧姓天尾)さん。すごいメンバーでした。ただ、ひたすらに『オリンピックで金メダルを取るんだ』と思っていて、そこはぶれなかったですね。野瀬清喜先生からは両手でしっかりと崩し作っていく柔道を丁寧に教えていただきました。白帯も強化選手も分け隔てなく大事にする先生でした。さらに、先輩が後輩の面倒を見て大切にする温かい気風があり、埼玉大学だったから高校から始めた私が強くなることができました。オリンピックはシドニーから3大会、目指しました。私は大事な試合になると力を出し切れない。全日本実業個人選手権では5回優勝しましたが、講道館杯や選抜体重別では緊張して勝てない。そんな状況が26歳まで続き、自分自身を変えたいと思っていました。転機は地元の益田市柔道教室に参加したことでした。私ができない組み手や崩しを子どもたちがやっているのを見て、『練習させてください』とお願いしました。そこから東京と益田の2拠点生活がスタート。得意技の内股や組み手の意識をがらっと変え、2005年の講道館杯で初めて優勝することができました。オリンピック金メダルの夢は叶いませんでしたが、競技としての柔道のおもしろさ、奥深さを知り、その後も40歳近くまで現役選手を続けました」――柔道との関わり方に変化は?「32歳から地元で高校教員になり、現役選手と並行して柔道指導を行いました。競技柔道を追い続けていた一方で、柔道をする子どもが減るなか、『それだけでいいのか』という思いも抱くようになりました。そんな頃、島根県中学校教員武道研修会に参加し、兵庫教育大学大学院(当時)の有山篤利先生に出会い、衝撃を受けました。柔道の『わざ』を通じて日本人がよしとしてきた考え方や物事の解決の仕方を学ぶ。身体文化としての柔道授業を教わり、柔道をより深く理解できました。柔道と他のスポーツは何が違うのか。柔道でなければ学べないものは何なのか、そこを学び知っておくべきだと思います。NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』で注目されている、小泉八雲の『東の国から』にも、柔術は『哲学的システムであり、また経済的システムであり、倫理的システムでもある』と紹介されています。力同士をぶつけ合わない、効率的に動く、調和を保つなど柔道の価値をわかりやすく伝えていきたいと思います」――2023年4月からは島根県議会議員に。「教員をしていると生徒や保護者からさまざまな悩みを聞きます。不登校、いじめ、進学に伴う経済的な負担など。それに対して寄り添い励ますことはできても、今ある制度を変えることはできない。議員になることで、もっと困らない仕組みにつなげたいという思いから立候補しました。新たな社会課題に触れる機会も増え、いま一生懸命勉強しています。さまざまな年齢層や社会的立場の市民から相談を受けるなか、柔道の身体文化が生かされていると感じます。対話の際、相手の様子をうかがい、気持ちの良い距離感を保ち、言葉を選ぶ。相手の言葉をしっかり受け止め、状況に応じて臨機応変に対応し、どう解決に導くのか。すぐに解決しないことのほうが多いなか、より深く相談者の心の機微に触れ、想いに寄り添える自分を作ることが、柔道で得られる身体文化としての一つの価値だと感じています。これからも柔道のさまざまな魅力を発信していきたいと思います」▲いまも大学生や社会人と柔道を楽しむ▲災害現場で被災者に話を聞く▲高校時代の恩師・大畑勘市さんとまいんど vol.46PROFILE岡崎綾子 おかざき・あやこ1977年生まれ。島根県益田市出身。益田高校に入学後、柔道を始める。1995年、全国高等学校総合体育大会女子団体3位。埼玉大学教育学部では1997年、98年と全日本学生体重別選手権で優勝。同大学院教育学研究科修士課程修了。実業団のミキハウス、創電社などで活躍。2005年講道館杯全日本体重別選手権52㎏級で優勝。その後高校教員を経て、一昨年から島根県議会議員に。高校から柔道を始め、27歳で講道館杯初優勝。30代後半になっても講道館杯に出場するなど息長く現役選手として活躍。現在は島根県議会議員として活動する岡崎綾子さんを紹介します。岡崎綾子さんが選んだ道地方議会議員FILE.24 30やわらたちのセカンドキャリアやわらたちのセカンドキャリア〜私たちの選択〜〜私たちの選択〜
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