まいんど vol.44 全日本柔道連盟
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――柔道を始めたきっかけは?「2歳違いの姉が先に始めていたので練習を見に行くうちに私も…という感じでした。最初は負けてばかり。とにかく姉の成績を越えたかった。というのも優勝すると家族でご飯を食べに行く決まりがあり、優勝者の希望を聞いてくれるのですが、いつも姉の希望どおりになるのが悔しくて(笑)。初めて私が優勝した時は姉も優勝。その時は『今日は千佳が決めな』と譲ってくれました。うれしかったですね。小学校5年の時に全国学年別大会で3位に入り、『自分でもここまでいけるんだ。もっと強くなりたい。もっと家族に応援してもらいたい』という思いが強くなりました。高校くらいまではよく姉に挑んでいましたね。姉は私より大きくて強かったので、はじき返されていました。元々組んで投げにいく攻めの柔道でしたが、次第に奥襟をたたいて内股、払腰を狙う自分の形ができていきました」――大学は、南條和恵先生が指導する仙台大学へ。「高校時代はヒザのケガが続き3回手術、しっかりと稽古を積むことができず、成績も残せませんでした。大学でも続けるか迷っていた時期に、以前から声をかけていただいていた和恵先生から電話をいただきました。その時『迷っている』とウジウジした感じで伝えてしまったんです。そしたら『そんな弱気な工藤やったら、興味ないわ~』と言われて。びっくりしました。負けん気に火がついて、号泣しながら『仙台大学に行きます』と即答しました。いま思うと完全に手のひらの上で転がされていたのですが、これが転機になりました。1年目は練習をこなすので精いっぱい。2年生くらいから打ち込みパートナーを務めていた先輩とも同等にやりあえるようになってきて『あれ、力ついてきている?』と感じるようになりました。大学時代で印象に残っているのはキャプテンを務めたことですね。小学校、中学校、高校、大学と全部キャプテンをやりましたが、大学での経験は全然違いました。個性の強い部員たちをまとめるだけでなく、練習中のケガへの気配りや出稽古に来てくれた方とのコミュニケーションも求められる。先生方からお話をうかがう機会も多く、成長につながりました。もともとは人見知りで、人と積極的に交わるのは得意ではなかったのですが、その点、コミュニケーション能力が抜群に高い和恵先生からたくさんのことを学びました。そのおかげで今があると思います」――卒業後は実業団の強豪JR東日本に進みます。「大学の先輩から声をかけていただいたのがきっかけでした。JR東日本には当時63㎏級に、自分と似た長身の大住有加さんがいたので、目標にしたいという気持ちもありました。大変だったのは、住む環境の変化です。のどかな青森県出身なので、寮のある大塚から山手線で新宿の本社に行くのもひと苦労。満員電車に乗ることができず3本くらい逃して、乗らないと間に合ない時間になり、決死の覚悟で乗り込みました。柔道部の選手は契約社員で、業務は週2回。午前か午後に仕事をして、あとは練習に専念できる、恵まれた環境でした。それまで3位が多かったので、社会人ではぜひ優勝したい、と思っていました。2018年の選抜体重別では第1シードの田代未来選手に優勢勝ち。ヒザを痛めていて準決勝で敗れ、目標は達成できませんでしたが、いま思うと前年の講道館杯からこの時期が、一番波に乗っていたと思います」――現在のお仕事に柔道はどのように役立っていますか?「2019年に引退して正社員となりました。2年半ほど大宮駅で勤務し、『みどりの窓口』での切符の販売業務や、改札業務を担当しました。それ以降は、車掌を担当し、現在は宇都宮線、湘南新宿ライン、上野東京ラインに乗務しています。車掌の仕事は、列車のドアの開閉や車内放送などでのお客さまへの案内、車内秩序の維持など。お客さま同士のトラブルや車内での急病のお客さまの対応も時には発生します。お客さまの命を預かる仕事ですから、安全に快適に過ごしていただけるように気を付けています。勤務はシフト制で泊まりもあるので、柔道で培った体力はもちろん役立っています。それ以上に、大変なことがあっても投げ出さずに責任を持ってやり遂げること、トラブルが発生した時に動揺することなく落ち着いて対応できること、そういうところに柔道で培ったものが活きていると感じます。あと役立っているのは、やはり人とのコミュニケーションです。仕事では日々新しい人と出会います。そういう時に積極的に関わることができるか。自分自身で経験できることは限られますが、他人が経験したことを聞ければ、成功例も失敗例もたくさん学ぶことができる。そういう機会を得るためにも自分から関わっていくのは大切だと思います。出稽古で自分からお願いしにいく感覚ですね」――いま柔道との関わりは?「仕事に差し障りのない範囲で練習しています。時々、投げたり投げられたりという『非日常』の空気に浸りたくなるんです。現役時代は勝ちにこだわって自分を追い詰めていたところもありました。今は『こうやったら相手はどう動くかな?』と試行錯誤しながら、柔道の奥深さを楽しめるようになりました。柔道、好きだなと思います」柔道で培った人とのコミュニケーション▲車掌として業務する様子 ▲最近仙台大柔道部に練習に行った時の様子▲現役時代。全日本選抜体重別選手権での工藤さんPROFILE工藤千佳 くどう・ちか1993年生まれ。青森県つがる市出身。4歳から五所川原柔道少年団で柔道を始める。2004年全国小学生学年別柔道大会5年生女子40㎏級3位、2008年五所川原第一中学校3年で全国中学校柔道大会女子57㎏級3位。五所川原農林高校を経て、仙台大学現代武道学科に進む。2014年全日本学生体重別選手権57㎏級3位。JR東日本入社後、2018年全日本選抜体重別選手権63㎏級3位。現在、JR東日本で車掌を務める。57㎏級と63㎏級の選手として大学・実業団で活躍。引退後は、JR東日本の車掌として乗客に安全・快適に列車を利用してもらえるよう努めるかたわら、いまも柔道を楽しみ、時には試合にも出場するという工藤千佳さんを紹介します。25 まいんど vol.44工藤千佳さんが選んだ道車掌FILE.28やわらたちのセカンドキャリアやわらたちのセカンドキャリア〜私たちの選択〜〜私たちの選択〜

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