まいんど vol.38 全日本柔道連盟
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▲1988年ソウルオリンピックの競泳で、女性として初の1大会金メダル6個を獲得する偉業を成し遂げた旧東ドイツのクリスティン・オットー。17歳のときから世界の舞台で活躍した▲ソウルオリンピック陸上女子800mでワンツーフィニッシュを成し遂げた旧東ドイツ。金メダリストのジーグルン・ヴォダルス(左)と銀メダルのクリスティン・バヒテル(右)▲ソウルオリンピックの自転車競技ロードレースで金メダルに輝いた旧東ドイツのオラフ・リードヴィッヒ。1976年、77年の世界選手権ジュニア大会の個人ロードレースで優勝し頭角を現した革新的パスウェイ/ TIDのはじまりは? 1970から1980年代にかけて、旧東ドイツを含む旧東欧の社会主義諸国は、国家主導のスポーツ政策としてタレント発掘・育成システムを打ち立てました。これらの国々は、スポーツにおける才能の識別と育成を、問題解決の方法として開発しました。先に触れた伝統的パスウェイの議論にもありましたが、ただの「偶然」に任せていたのでは、人口の少ない国々はタレントの発見に限界があることに直面します。タレントプール、つまり有望なアスリート候補の集まりは、人口が多ければ多いほど、優れたアスリートが現れる可能性が高くなります。これが、国際大会でのメダル獲得に直結するわけです。特に人口の少ない小国にとっては、大国と競い合うために計画的に優れたアスリートを発掘するシステムが必要でした。そんななか、旧東ドイツは具体的な手段として、革新的なタレント発掘・育成システムを打ち出しました。その結果は目覚ましく、1988年のソウルオリンピックでは、総メダル数102個を獲得し、人口1700万人足らずの小国が2億5000万人を抱えるアメリカを凌駕し、ソビエト連邦に次いで世界第2位の成績を収めました。 1990年代に入ると、東欧の社会主義国が崩壊するなかで、旧東ドイツを代表とするタレント発掘・育成システムも姿を消しました。しかし、そのアイデアは形を変え、自由主義国家に引き継がれていきました。この新しい流れをいち早く取り入れたのが、当時1600万人の人口を持つオーストラリアでした。1987年から、オーストラリアスポーツコミッション(ASC)とオーストラリア国立スポーツ科学研究所(AIS)が協力し、旧東ドイツのモデルを参考に、国を挙げてのタレント発掘・育成計画を推進し、事業を展開していきました。1994年にシドニーオリンピックの開催が決定すると、オーストラリアはこのシステムをさらに強化し、目に見える成果を上げています。1976年のモントリオールオリンピックではたった5個のメダルしか獲得できなかったオーストラリアですが、シドニー大会では60個のメダルを獲得する大躍進を遂げたのです。 旧東ドイツとオーストラリアはともに、タレントプールの問題、つまり人材の不足という障壁を乗り越えました。これら小国による驚異的な成果とアスリート育成の成功事例は、世界中の国々から注目を集めることになりました。 これらの成功は、科学的根拠に裏打ちされていました。エリクソン(Ericsson)が1993年に発表した「意図的練習(deliberate practice)」理論です。この理論は、「10の公式」、「10年の法則」や「10000時間の法則」としても知られ、何かの分野で一流になるには、毎日3時間、10年間にわたり意図的に取り組む必要があると提唱されています。これらの言葉は、多くの方が耳にしたことがあるかもしれません。エリクソンは、スポーツだけでなく、科学や音楽などさまざまな分野でこの理論が有効であることを確認しました。この「意図的練習」理論は、スポーツ選手だけでなく、さまざまな分野での成功モデルの価値を高めるものとして認知されています。ただ、時間を積み重ねるだけではないことを理解することが重要です。意図的練習は、ただ無意識に練習を続けるのではなく、計画的で意図的な、高度に構造化された練習を指します。エリクソンは、幅広い分野で世界クラスの成果を出した人々の経歴を分析し、早期からこのような練習を長期にわたって続けることの効果とその有効性を強調しました。これが、タレント発掘・育成モデルを強く支持することになります。スポーツ分野での研究においても、米国オリンピック委員会(USOC)が1984年から1998年にかけて米国オリンピック選手を対象に実施した「The Path to Excellence」という調査で、興味深い発見がありました。⃝米国のオリンピック選手は平均で、男子が12歳、女子が11・5歳の時にそのスポーツを開始しています。⃝多くのオリンピック選手には、オリンピアンになるまでに約12~13年のトレーニング期間がありました。⃝オリンピックでメダルを獲得した選手は、そうでない選手と比較して、勝つために必要なトレーニング段階に1・3~3・6年早く到達していました。 これは、オリンピックメダリストが平均して12歳前後で集中的なトレーニングを開始し、約10年の時間をかけてメダリストとしての技能を磨いてきたことを意10まいんど vol.38

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