まいんど vol.32 全日本柔道連盟
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ちろん議論の段階ですが、例えば資格を2段以上にするなどですね。中里 学生の場合は、学生の大会で講道館杯出場権を得るチャンスが何度かあるんですよね。社会人でも警察官とか自衛官は多少のチャンスがある。しかし普通の会社員だとほとんどチャンスがない。中村 社会人の選手でもジュニア年代を過ぎてしまうと、全日本実業個人選手権大会に出場しそこでベスト4以上に残らないと講道館杯出場のチャンスはありません。実業団は階級によってですが、非常にレベルの高い選手が出てくることもあります。そうなると組み合わせの運に左右されますし、早い段階で負けてしまうと次のチャンスはまた1年後ということになってしまいます。ですので、もう1回チャンスがあるというのは、選手にとっていいモチベーションになると思います。中里 ケガもあるので、たまたま講道館杯につながる大会をケガで欠場したら1年棒に振ることになってしまいますよね。大迫 そうですね。ただ、講道館杯の予選という位置づけになってしまってはもったいないように思います。金野 私もみなさんの意見に同感です。この大会が大人の金鷲旗のようになればいいと思います。金鷲旗は全国優勝を目指す学校もあれば、記念で出場して、観光して帰るという学校もある。一つの大会でいろいろな利用の仕方ができるものになるといいと思います。コロナ禍での人数制限とか、講道館杯の出場資格に関してとかいろいろレギュレーションは考えないといけないと思いますが、基本的な理念としては、今あがっているようなことが実現できれば、とてもおもしろい効果が現われるかと思います。中里 出場者の年齢制限を設けるという声もあります。これは上限のほうですが、ご高齢の方はベテランズ大会などに出場していただくことを想定しています。1部、2部、3部と分け、2部、3部は愛好家の方も対象としますが、1部に関してはトップレベルを目指す選手たちという位置づけです。運営上の都合もあり、参加選手数をある程度絞らないといけないと思います。年齢と段位も考えることになるかと。西田 今年度に関しては、第1回でもあり1日開催の大会となりますが、来年度からは2日間の大会として開催することを予定しています。文武両道杯について中里 続いて、文武両道杯ですが、3年連続で中止となっていますが、これをなんとか開催したいと思っています。先ほどの小学生学年別の話と少し矛盾する感じはしますが、いわゆる強豪校ではない学校も何かしら目標がないとなかなか頑張れないというところがあります。金野 柔道の試合はケガも心配ですが、ケガを防ぐという意味では七帝ルールで行うというのはどうでしょう? 寝技中心でしたらケガは相当少ないですし、高校で柔道を始めた人でも試合感が楽しめます。ただ、寝技に注力し過ぎると立ち技を覚えなくなるというデメリットはありますが、そういう大会があってもおもしろいと思います。そうした柔道を経験した生徒が東大や京大などの旧帝大に進学して大学柔道を盛り上げる、さらに社会に出てからも柔道の普及に努めていただくという考えです。思いつきレベルの構想ですけど。中里 寝技大会の話もしたいとは思っていました。井上強化副委員長が「ぜひ寝技の大会をやってください」とおっしゃっています。ただ、やるにしてもルールは整備しないといけないとは思います。金野 学柔連でも寝技大会をやろうという話は出ています。寝技寝技はケガのリスクを軽減させながら技の駆け引きを楽しみやすい部分を持っていると思います。寝技は覚えたことを手順どおりにやると結果が出ますから励みにもなります。それぞれの思い中里 最後にみなさんに自由にご意見をいただきたいと思います。西田 やはり小学生学年別のトーナメントの廃止に関しては、最初にも言いましたが、その内容と意図をご理解いただくことが大事だと思います。この座談会のようにいろいろな機会を持ち、メディアを利用して発信していくこと、そして、小学生学年別の代替イベントを魅力あるものにしていくことが重要だと思います。今回はそこに尽きると思います。大迫 私は宮崎の田舎の出身で柔道なんてまったく知らなくて、小学生時代は家の手伝いと畑田んぼで走り回るだけでした。中学生のときの柔道の先生は近所の高校生で、柔道の先生もいませんでした。それがたまたま郡の大会を勝ち抜き、県大会に進んだのです。1回戦で負けたのですが、その試合を観ていた高校の先生が、スカウトしてくださり、その先生が自分の家に私を下宿させてくれました。高校時代は、先生が私を育ててくれたようなものです。その先生がたまたま天理大のOBで高校1年のときから「おまえは天理に行け」と言われ、天理大に進んでからは、「おまえは畳の埃出し要員か!」と言われるくらいボカスカ投げられました。でも、「組み手は切るな。組んでやれ」と指導されました。学生のときに関西のチャンピオンになれ、実業団に入って23歳のときに初めて強化選手になったので、私の成長はメチャクチャ遅かったんです。それから27、28歳の頃にソウル・オリンピックに出場しました。何が言いたいかと言うと、あまり早い時期にガツガツ日本一を目指す必要はないのかな、と私自座談会の様子柔道にはたくさんの良さがある。その良さは人によって違うし、目標も違っていい10まいんど vol.32

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