まいんど vol.28 | 全日本柔道連盟
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8/28(土)工藤博子KUDO Hiroko北薗新光KITAZONO Aramitsu1984年11月9日生(36歳)大分県出身ユナイトアンドグロウ株式会社クラス:B31991年2月17日(30歳)兵庫県出身アルケア株式会社クラス:B22012年ロンドンパラリンピック7位(100kg級)2016年リオデジャネイロパラリンピック5位(73kg級)女子63kg級男子81kg級―初めてのパラリンピックですが、どんな気持ちですか?「出たことがないので、遠い存在というか、まだあまり実感はないです」―コロナの影響はいかがでしたか?「最初の緊急事態宣言のあと、会社からのNGもあって、外に活動に行けない状態が続いて、乱取りもできなかったです。できることをやろうと、家で縄跳びをやっていたので、縄跳びに関してはかなり上達しました(笑)。練習拠点にさせていただいていた東京女子体育大学が練習できない状態になってからは、世田谷区の武道場を借りて、仲元歩美コーチと組み手の練習をしたり、ジムで練習したりしていました。いまはまた、東京女子体育大の学生の皆さんと一緒に練習させてもらっています」―柔道を始めたのはいつ?「中学の部活で始めて、中・高とやって、そんなに強い選手ではなかったので、高校卒業で普通に引退しました」―視覚障がい者柔道を始めたのは?「高校の同級生で、いまコーチをしてくれている仲元さんが熱心に誘ってくれたので15年のブランクを経て再開しました。最初は、身体中痛いしケガも多くて大変でした」―健常者の柔道との違いは?「健常者の柔道には緩急があって、スピードが大切だと思うんですが、私の場合、見えていなかったので、それが苦手だったんです。そういう意味では、視覚障がい者柔道のほうが私にとってはやりやすい。ただ、組んだ状態でやるので、海外の選手に、パワーで負けないようにと必死です」―柔道はどんな存在?「昔は目が悪いために、練習に追いつくのに必死で余裕がなかったのですが、いまは自分のペースでできるようになり、柔道の楽しさやおもしろさが実感できるようになってきました。目が悪いことで、柔道だけでなく普段の生活でもいろんな人に支えられてきたので、形で恩返ししたい。『また明日頑張ろう!』、そんな気持ちになっていただける試合をしたいと思っています」(取材/5月27日)―練習はできていますか?「いまは、稽古は母校の育英高校でやらせてもらっていて、トレーニングも、ジムでしっかりやっています。ただ、やはり、稽古がまったくできない時期もあり、そのときは、できることを見つけてやるという感じで、十分とは言えない状態でした」―北薗さんにとって3度目のパラリンピック。最初のロンドン大会は100㎏級、リオ大会は73㎏級、そして、今回は81㎏級。体重の幅がすごいですね。「本当はリオも81㎏級で考えていたんですが、日本に出場枠がなく、だったら思い切って73kgまで落とすかと」―つらい減量だったと思いますが…。「きつかったですね。でも、自分を追い込むのが得意なんですよ。最初に、周りに宣言して、そこから頑張る。学校のテストでも、学年1番をとると宣言してから、勉強の邪魔になるゲーム機は壊し、漫画は人にあげたり捨てたりして自分を追い込むんです」―すごい、徹底の仕方ですね。「そういうふうに自分を追い込んで、その目標達成に向けて頑張る。それが僕のやり方なんです」―ところで、ご家族は?「妻と5歳の娘と1歳の息子がいます。娘は練習にはよくついてきますが、柔道は痛そうだからやりたくないそうです(笑)」―子どもに柔道はやってほしい?「どちらでもいいです。子どもたちの人生は子どもたちのもの。押し付けるつもりはありません。ただ、頑張っている姿は見てほしいと思います。親が口だけでなく、実際に努力するところを見て、何かを感じてほしい。とくに、失敗したときにへこたれずに頑張る姿を見てほしいと思っています」―今大会、どんな柔道をしたい?「リオの3位決定戦では、緊張から自分の柔道ができなかったので、今回は1回戦からすべてを出し切りたい。負けるにしても、自分がやってきたこと、できることをすべて出し切りたい。まぁ、勝つ気しかないんですけどね」(取材/6月3日)18まいんど vol.28

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