出身道場の恩師が語る~78kg超級 山部佳苗編~

出身道場の恩師が語る、リオ代表選手の素顔

 リオオリンピック代表選手14名にも、柔道と出会った最初の一歩がある。どんな道場で育ったのか、どんな子どもだったのか・・・出身道場へ聞きました!

~78kg超級 山部佳苗(ミキハウス)編~

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厚別区体育館柔道クラブ(北海道) 齋藤山好一代表

Q.入門の経緯
A.兄・一樹とともに両親に連れられて来ました。
Q.最初の印象は?
A.最初から昔からいる古株選手のような態度。「負ける稽古」は嫌い。勝つことが好きで、勝つために対策を練って稽古で試す子どもでした。
Q.幼い頃から柔道の才能を感じた?
A.大会などで一度見た選手のことをインプットする能力に長けていて、「組手は右か左か」「得意技は何か」「誰と誰が試合をして、何の技でどっちが勝ったか」など、「柔道データは頭に入る子」だと感じました。
Q.「強くなる」と手応えを感じた瞬間
A.昔から「強かった」ので手応えを感じたことはないが「頼もしさ」は試合の度に痛感していました。
Q.保護者を含めて指導していたこと
A.「時を守り、場を清め、礼を正す」親の指示で動く子は指示がないと動けない、考えられない。時間、自分の周りの環境、あいさつは自分の意思で行えるように過保護にしない。「朝だよ! 起きなさい! 片付けなさい!あいさつしなさい!という指示をいつまで出すのか…といったことをいまも昔も伝えています。
Q.ほめたこと、叱ったこと
A.未だに何かあると文句を言っています。理由はいろいろですが基本お互い柔道が大好きなので、自分の「柔道精神」に反することは譲れないのです。
Q.代表選手となった原動力は?
A.両親・家族の応援、所属ミキハウスの支援体制にあると思います。特に薪谷翠コーチの献身的な指導の賜物だと思います。山部に付き合うことの「タイヘンサ」を考えると本当に頭が下がります。金メダルをまず「翠コーチ」にと本人も思っていると思います。
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