出身道場の恩師が語る~81kg級 永瀬貴規編~

出身道場の恩師が語る、リオ代表選手の素顔

 リオオリンピック代表選手14名にも、柔道と出会った最初の一歩がある。どんな道場で育ったのか、どんな子どもだったのか・・・出身道場へ聞きました!

~81kg級 永瀬貴規(旭化成)編~

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養心会少年柔道部(長崎県) 山口末男顧問

Q.入門の経緯
A.彼の大叔父である1969年世界選手権2位(中量級)の平尾勝司(個人)は私の後輩で、県警の柔道仲間。その彼の勧めで6歳のときに入部してきた。
Q.最初の印象は?
A.静かでおとなしく、周りの人に合わせるやさしい子どもで、常に人の後方からついていくような子だった。
Q.幼い頃から柔道の才能を感じた?
A.特に感じなかった。
Q.「強くなる」と手応えを感じた瞬間
A.私の話はよく聞いた。いま思えば聞き上手。ほかの人の練習や試合をよく見ていたと記憶している。
Q.保護者を含めて指導していたこと
A.礼法とマナーは厳しく指導した。「はい」は1回、相手の目を見て、大きな声で心をこめて。相手よりも先に言うことを心がける。あいさつをするときは歩きながらではなく、立ち止まって行うこと。帽子をかぶっていたら必ず脱ぐこと。ポケットに手を入れたままあいさつしないこと。お礼を言うときは、その場で1回、翌日あったらもう一度、「昨日はありがとうございました」、また次の機会にあったときにも「先日はありがとうございました」と、合計3回は言うこと。負けたときはもちろん、勝ったときにはさらに謙虚になること、といったように勝負以外のことについて厳しく指導していたし、している。礼法がしっかりできれば柔道も強くなると考えている。
Q.ほめたこと、叱ったこと
A.練習でも試合でも、勝負に関係なく内容がいいときはほめた。
Q.代表選手となった原動力は?
A.本人の努力。能力の差は小さいが、努力の差は大きい。努力しても優勝できない人はたくさんいるが、優勝した人はみな努力した。
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